多様な教育 不登校にも光

2024.1.26 08:40
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「学都松本の主人公は子ども」。松本市が令和4年に制定した教育行政の基本方針「教育大綱」は、子供を中心に裾えて「すべての子どもにやさしいまち」を目指すことを揚げている。多様性、創造性、主体性を重視した教育施策を展開し、子供に寄り添った不登校児童・生徒にも力を入れるようとしている。

不登校の子どもは全国的に増加し、松本市も例外ではない。令和4年度の市内の不登校児童・生徒数は680人(小学生308人、中学生372人)で、元年度に比べて1.5倍になった。新型コロナウイルス禍の休校で、登校が苦痛と感じた子供が増えたという。

市は本年度、不登校の子供を支援する中間教室を「教育支援センター」と改称し、教室がなかった南部の寿地区に4カ所目を新設した。子供がそれぞれ考えた計画に合わせて教科学習や工作、外遊びなどをしている。従来は学校復帰を目的としていたが、社会的自立に向けた援助へと方針を変えた。寿センター長の藤松輝州さん(61)は「本人の思いを尊重した支援を心掛けている。学校以外の場所で社会性を身に付けてほしい」と話す。

学校に行かない子供たちが集まる「はぐルッポ」を浅間温泉で運営する西森尚巳代表は「(不登校対策は)対症療法ではなく、抜本的に変える覚悟が必要。多様な価値観を持った子供を『ごちゃ混ぜ』で育てる環境づくりを進めるべき」と指摘する。

市は本年度、教育施策を展開することで人口減少が著しい山間部のコミュニティーを持続させようとする新たな取組みを始めた。県外の小中学校を対象とした区域外就学制度「松本デュアルスクール」で、安曇野地区の大野川小中学校、奈川地区の奈川小中学校に導入した。住民票はそのままに在籍だけを移した学び、短期的な移住体験ができる。5月以降、大野川小中学校で横浜市や兵庫県などの4人を受け入れた。都市部の大人数の学校になじめず、不登校気味だった子供が多い。児童生徒の親の中には、移住を前向きに考えている人も出てきた。

デュアルスクールの家族を受け入れるシュアハウスの管理人を務め、自然保育を実践する元小学校教諭の相馬蕗子さん(37)は「移住者を呼び込むだけでなく、子供が住み続けたいと思う環境を整えることや、地元に愛着を持つ教育が必要」と話す。

市教育委員会の坂口俊樹教育監は「将来の地域社会を支えるのは子供たち。教育こそ地域社会を持続可能とする」との思いを語る。個性を尊重し、多様な人材を育む教育の実践が求められている。

市民タイム 2024.1.25(木)

筆者のつぶやき…

↑市民タイムスの昨夜の新聞記事です‼以前もお話ししたと思いますが、自身の息子が不登校だった5年前は今よりもずっと不登校の情報が乏しく自分から情報を取りに行かないと支援を得ることが出来ない時代でした。当時はどんな検索ワードで調べていたのか思い出せませんが手当たり次第情報を集めていたことは覚えています。

今思い返すと…息子が不登校になり親子間の関係が悪くなった時期は自分を責める毎日で中々、情報取集する気力もありませんでした。落ちるところまで落ちると人は這い上がるしかなくなる時期になってやっと、このままではいけないと思えるようになります。私もこの時期から情報収集をはじめました。不登校・居場所と名称が付く場所は市内だけでなく、県外にも足を運び見学や体験に行きました。その時は、まわりが見えていなくて気持ちが既に藁にも縋る気持ちでいるのでどこに行っても「ここなら息子が生き生きできるのかな?」とイメージばかりが広がって焦っていました。息子の場合はいじめから不登校になったので心の傷は深く、中々外に連れ出すのも大変でした。やっとの思いで連れ出して新たな場所で心機一転との思いでいましたが、今思えばその場所は息子には合わず、我慢させてばかりでした。2度目の不登校を経験してさらに子どもの傷は深くなったと思います。

今までいろいろとありましたが、現在は不登校を脱却して高校に通っています。音楽を始めて自分に自信がつきルーム長、生徒会に立候補して能動的に活動できるようにまで回復しました。先日、「お母さん いつもありがとう」「自分の未来のために頑張ってね」と離れて暮らしている息子からLINEが来ました。ずっと悩みながら子育てしてきたので嬉しくて涙が出ました。不登校になった当初は、先の長いトンネルにいた気持ちでしたがこうして出口に立てたとき、大きな喜びを味わえることができました。今もちょくちょく事件は起きますが…💦

今後は、大学院での学びを活かし、松本市が行っている多様な支援に不登校当事者とその保護者がマッチングできる仕組みを考えていきたいと思います。

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